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空の人間 〜 その1 〜

別に、水の人間(ウォーター・パースン)と呼ばれて、浮き上がっているわけではなく、その上に、「空」がある。宮本武蔵の『五輪書』によると、空とは道のことだというから、武士道の行き着くところも、私の英語道の極致も、やはりこの「空」に逢着する。

オバマ企画に没入し始めてから、毎日のように私の当用日記に、「般若心経」を写経している。「行」とみなしているからだ。

永平寺での参籠体験の時に買った。本を毎日書くことで、一刻も早く「空」の域に到達したいと願っている。只管日記。

究極の立場「空」なら心も物質もない ―― 無受想行識

だから、出版社も私も、もちろん、英語も、道も術も何もない。
この真空の状態に没入できるだろうか。映画『禅』の中で目撃した、道元禅師は、まさに「空」の人間だ。

He doesn’t come to people. People come to him.
えらい違いだ。自己宣伝をする必要がない。人が向こうから来るのだ。まさに磁石。
私はその磁石に惹かれている。

「行」を求めて、永平寺へ向ったのだ。こういう偉大な人間に会えば、自分がいかに小さいか、痛感する。しかし、行は座禅だけではない。歩きながらの行なら、歩行禅もある。日記を続けることも禅。その中で、一番やさしそうで、一番難しいのが、英語道。

そして英語禅である。こんなおじん、本当に英語がしゃべれるのかな、と思われれば、その人は英語道でいう名人、いや聖人。空の人間。その人の頭には、英語がない。意識がない(無限界)。英語もディベートも全て、無、空。

 

2009年5月12日
紘道館館長 松本道弘