::松本道弘 巻頭言
::例会報告
::松本道弘プロフィール
::紘道館とは?
::英語道とは?
::館長ブログ
::松本道弘 日記
::斬れる英語コーナー
::書き下ろしエッセイ
::松本道弘著作集
::講義用テキスト(PDF)
::松本道弘対談集(動画)
::ナニワ英語道ブログ
::日新報道
::TIME asia
::ICEEコミュニケーション
  検定試験
::ワールドフォーラム
::フィール・ザ・ワールド
 
お問い合わせ先

英語道 ―― 秘すれば花(破 ― その3)

前回の「破2」に続く。

37才でNHKテレビに出演した時は、時分(じぶん)の花(temporary flower)で、真の花(real flower)ではなかった。
だから、萎むのも早かった。

しかしあの世から、世阿弥ならこんな声援を送ってくれるだろう。

「後悔するな、松本君。君は立派に花を咲かせた。海外へ行かずに、NHKテレビの晴れ舞台で英語のインタビューとディベートの舞いを舞ってくれた。時分の花を咲かせた。花が萎んだといえるとのは、花を咲かせた人に限られるのだ。君は口コミだけの大阪で技を研いた。私の本も読んでくれた。この言葉を贈ろう…」

「花無くては、萎れ所無益なり。花の萎れたらんこそ、おもしけれ」

「しかし、現実を見よ。能の世界では40才で下り坂になる。30代で激しい稽古を積んだ人は、50才になっても花を失わない。
君は、万年青年のつもりでいるが、それはムリだ。もう60代の後半に入った。決して若くはない ――。グロウ・ヤンガーが君の使命ならそれでいいだろう。だがもし私の言う<実の花>を求めるなら、歳とは無関係に咲き続けるべきだ。そして多くの種を後世に残すべきだ。初心に戻ることを忘れずに。君に一筆書き留めておきたい」

「老木に花の咲かんが如く」

世阿弥は私に「老骨に残りし花の証拠を残せ(Prove it.)」というのか。
証拠を示すことは「立証する」ことでもある。

「因果の花を知る事。極めなるべし。一切皆因果なり。初心よりの芸能の数々は因(いん)なり。能を究め、名を得る事は果(が)なり」

ナニワ英語道を確立した頃、口コミで西日本に私の名は広がった。マスコミがなければ広がらない関東では無名のままであった。しかし、その頃の因が果を生んだ。NHKの晴れ舞台に講師として登場した。

ネイティヴと英語でわたりあえるリングが提供された。狂い咲いた。
そして人生の翳りが生まれた。
しかし、<時分の花>は、多くのビジネス・チャンスを提供してくれた。これを世阿弥は、男時(おどき)と呼ぶ。西洋では反対に、Lady Luck(幸運の女神)といわれる。

この時期は、人もお金も集まる。
私に英語やディベートを求めて、集まった人は多い。
ある人はジャーナリスト、ある人は教授、ある人は経営者、ある人は霊能者、ある人は大臣。

しかし、みんな去っていく。晩年の世阿弥の心境がよーく判る。これもすべて私が播いた種(reap as I sow)だ。因果の花。
そして、花は残るべし。


2007年9月7日
紘道館館長 松本道弘