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同時通訳の名人 ― 前編 ―

名人は気むずかしい人であった。
同時通訳のブースに入ると、ヘッドホーンの調子はどうか、隙間風や騒音がないかが気になり、ときには周囲に当り散らす。周囲はビクビクする。

猫は、個室に閉じ込めると発狂する、というが、私の師にもそういう神経質 ―― いや完璧主義的なところがあった。

しかし、同時通訳の仕事が終ると、ケロッとされる。
私はいつまでも悶々としているのに…。

ブースの中では厳しかった師も、仕事が終ると、私の誤訳やその他の通訳にまつわる失敗に、触れようともされない。
名人は息抜きが巧い。

久しぶりに、川端康成の『名人』(角川文庫)を読み返した。もうこれで三度目になるが、30代の頃に読んだ『名人』と、この歳になって再読して感じた『名人』とでは、感動の度合いがまるで違う。

名作は、間をあけて、再読するものだ。
65才の『名人』に挑戦する若手の大竹七段(今、私は英語道七段)は30才。
名人を師・西山千とすれば、60才の師に入門した30才(当時、英語道弐段)の私が挑戦者になる。

今、読めば身につまされる。
少し、息抜きについて触れた個所を引用してみる。

「老名人はどうやら風邪も治ったらしいのに、若い七段の体はいろいろと故障が出たらしい。名人よりも七段の方がよほど神経質なのは、二人の体つきの見かけによらない。名人は対局場を離れると、局面を忘れようとつとめて、ほかの勝負ごとに耽る。自分の部屋では碁石に手を触れない。七段は休みの日にも盤に向って、打ち掛けの碁の研究を怠らないらしい。年齢ばかりではなく、気風も違うのだろう」(『名人』(P.117)

―― 気風の違い。

…後編に続く


2007年8月10日
紘道館館長 松本道弘