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和歌山・田辺にて
 さて、今日は谷口和樹議会議員の案内で、富田川、日置川の上流へドライヴし、合川ダム(通常は殿山ダムと呼ばれている)を見学する。我国最初のアーチダムというのは、やはり誤認であった。上椎葉ダムより、2年遅れて生まれている。ほぼ同期だが、全国2番目である。谷口氏はS46年に生まれているので、
ダム湖が美しいという印象しかない。このダムの上流の清流は美しい。鮎もうまいという。せせらぎを耳に、この澄み切った川水をダム湖で沈んだ人たちに戻してやりたいと思った。とにかく5本の川のうち4本がダムで流れを止められている。富田川だけにダムがなく、ここで昼食として二人で食べた鮎の味は最高だ。(ええ、これが養殖?)ダムなしの川で育てられた鮎だ。
このレストランのある中辺路で真砂充敏田辺市長は、二期8年間も市長を勤めたという。10万しかいない市で、2.2万票も取り1位になるのは彼のカリスマ性だと、谷口氏は誇らしげに語る。
問題はダムの上にある百聞山渓谷の店で耳にしたことだ。S33年8月に大洪水があり、田んぼも道路も水浸しになったという。もちろんダム下もダムの放水で水浸しになった被害は多いという。同じ田辺市の大塔村行政局の村史編纂者は、関西電力と地元住民との間では、大変もめたという。死者も多く出たし、悲惨だった、という。しかし、ほぼ同時期に竣工した日向椎葉ダムでは105名の殉死者の碑が建っている。この村では、まだ鎮魂の行がなされていないらしい。地元の人たちは、「近くの住民は補償金でお世話になっているから」とか「電力会社にとっては、我々のダムで、住民にも役立っている、というプライドがあるのでしょう」と思いは様々で、私も複雑なものを感じた。
唯一ダムのない富田川も砂利ばかりで、昔の面影はない。清姫茶屋が見守っているだけだ。なぜか? 谷口氏は、「山が荒れているからでしょう。国策の犠牲なんでしょう」と。
雑木は建築材料としては不向きだという理由で伐り払われて、杉(そして桧)の植林が奨励された。杉は保水力がなく、根を下ろさず、影をつくる。生物は杉を嫌い、熊や動物は棲みにくくなる。水質を変え、森を殺し、海の水質さえも悪化させ、猟師たちを困らせている。ダムがとどめをさしてしまった。クマノはクラーい地域となった。
いや、しかしこの地は甦る。歴史がそれを証明している。富田川にカワセミがいた。ダムの上流には、まだクマタカの巣が残っているという。
日本の森よ、甦ってくれ――。
2006年11月14日
紘道館館長 松本道弘